令和8年10月18日(日)

(チャッピー画伯作)
10月上旬までは、「地球温暖化」という言葉が頭から離れないくらい暖かい日が続いていました。
ポートランドも、いつまでも夏の続きのような顔をしていたのだけれど、気がつけば、ゆっくりと、でもちゃんと季節は進んでいます。
朝晩は少し冷え、木々の葉も、緑一色だったところに赤や黄色が混じり始めた。
私は、この時期の木がいちばん好きです。
まだ緑も残っているし、赤や黄色もある。
「これから全部、紅葉します!」という一歩手前の、なんとも中途半端な状態。
でも、その中途半端さがいいと思う。
緑から赤や黄色へ。
夏から秋へ。
何かが変わっている途中の景色には、完成したものとはまた違う美しさがある。

そして最近、私の身体も、着実に「変化の途中」にある。
そう、更年期です。
体重は確実に増えている。
以前なら「ちょっと食べすぎたかな」で済んでいたものが、今では息をするだけで体重に反映されている気がする。
そして、ホットフラッシュの兆候。
アメリカ人が長袖を着ている中、私だけ半袖で平気な顔をしている、という若い頃には考えられなかった現象も起きています。
先日は、
「最近、目が敏感になった気がするんです。パソコンのモニターが眩しくて、涙が出てくるんです」
と医者に訴えたら、
「ああ、ドライアイかもね。それも更年期ではよくあることよ」
とのこと。
なるほど。
こうなってくると、身体に何か不調が起きるたびに、
「それ、更年期かもしれませんね」
という一言で、かなりのことが説明できてしまう。
便利なのか、便利じゃないのか。
友人とも、
「医者に訴えても、治してくれるというより、『あ、それね。この年代なら普通だから安心して』って宥められるのが治療になったよねぇ」
と笑い合ったところ。
若い頃は、身体に何かあれば「原因を探して、治す」だった。
今は、「それは年齢的に普通です」と言われて、なぜか安心して帰ってくる。
診察室での着地点まで変わってくるらしい。
秋晴れの今日。
近所の黄葉を楽しみながら、いつもと違う道をお嬢さんと散歩をしました。
空は青く、空気はひんやりしている。
木々は緑、黄色、赤。


このお宅の紅葉を見るのが毎年のお気に入り
その景色を眺めながら歩いていたら、
更年期って、まさに今のこの季節なんじゃないだろうか、とふと思った。
若い人から見たら、もう枯れかかっているように見えるかもしれない。
でも、もっと年上の人から見たら、
「まだまだ緑が残ってるじゃない」
なのかもしれない。
みずみずしさは、とうに失いました。
肌も、体力も、夜ふかしした翌日の回復力も。
でも、変わっていく途中だからこそ見える景色もある。
若い頃とは違う身体。
若い頃とは違う考え方。
若い頃には気づかなかった、小さなことへのありがたさ。
それらが少しずつ混ざり合って、今の自分になっている。
そう考えると、赤と黄色と緑が混ざった、今の木々の色とよく似ている。
ところで、「更年期」の「更」という漢字には、「新しく改める」「改めて変える」といった意味があるらしい。
「更」という字をあらためて眺めてみる。
更年期。
そうか、ただ古くなっていく時期ではなくて、次のライフステージへ向けて、自分の心と身体を少しずつ更新していく時期。
そう考えると、「更年期」という言葉から受ける印象が、少し変わってきます。
まぁ、体重が増えることまで「人生のアップデート」と言われると、それはご遠慮したいのだけど。
とりあえず今はまだ、緑も残っているし、赤や黄色もある。
そして私は、周りのアメリカ人が長袖を着ている中、今日も半袖だったのでした ( ´∀`)










